私は、いつも下側の女戦闘員です。~中の人日記

折り重なって倒れる演技と、その身体の記憶

この写真みたいな「折り重なりシーン」、時々あるんです。
ヒーローにやられて、まず私が床にバタッと倒れる。
そのあと、後ろから別の戦闘員がやられて、私の上に崩れ込んでくる

だいたい私が下です。
理由は簡単。
体型的に「下のほうが絵になる」から。

ちょっとぽっちゃり、動きも緩やか。
肉感があって、確かに下で潰されるタイプ。

演技としては「失神状態」なので、
こっちはもう動いてない“設定”。

でも現実には、
倒れ込んでくる人の重さを予想して受け止めなきゃいけない

これが地味に難しい。

頭では「来る」とわかってても、
演技としては「無意識」のフリをしなきゃいけない。
だからといって完全に力を抜いていたら、
ガチで潰されて息が詰まる。

実際、
「うっ」って声が漏れちゃったり、
顔をしかめたりしてしまうこともあります。

特に、胸やお腹のあたりに体重が乗ると、結構キます。

重い、苦しい、動けない。
なのに──
そうされてる自分の姿を、外から見てみたいって思っちゃうんです。

スーツ越しの体の厚み。
動けない肩。
はみ出る脇腹。
片方だけ少し曲がった脚。

「この姿、雑魚すぎて最高だな」って。
笑えるんだけど、ちょっとゾクッともする。

折り重なりのシーンは、確実に視線が集中してる気がします。
そしてそれは、雑魚女戦闘員の“見せ場”かもしれない

上に重なってる子が可愛いと、
その対比で、
「下のこっちはもう“やられきった肉塊”みたいに見えるのかな…」って
自虐的な気分になることもある。

でも、
それが妙に興奮する

みじめで、情けなくて、でも…
自分の役割を全うしてる感じがするんです。

やられる。
重なって倒れる。
動けない。
潰される。
それでも表情を保つ。
それでも美しさを見せる。

そんな**“雑魚の哲学”**みたいなものが、
この写真にはちゃんと写ってる気がして。

わたしのこの体で、
このポーズで、
この恥ずかしさのなかでしかできない表現。

これができるから、
今日も戦闘員を演じるんだと思います。